今日3月18日、午後6時頃ビックニュースが起きた!
ついさっき仕事が終わり、お菓子でも買おうとクスリのアオキに行った時のことだ。
マスク解禁となり、俺はマスクをせずに少しビビりながら入店した。他の客がちらほらいたが、全員マスクをしていた。
ところが、俺がレジで支払いを済ませて店を出る間際、マスクをしていない23歳ぐらいのかわいい女の子と目が合ったのだ!
めちゃくちゃうれしかった。
おっさんでもよかったが、若くてかわいい女の子ときた。しかも女性でマスクを外すのは男より勇気がいるだろう。
だから俺にはなおのこと魅力的な女性にうつった。
そして、こう思ったのだ。
世間の目を意識してマスクを外せない日本人は、俺ともともと親しくなれないだろうから一生死ぬまでマスクを着けていてほしいと。
世間の目を意識してマスクを着け続ける人々とは、根本的な部分で合わないと確信している。
なぜなら「世間の目を意識して行動するという日本人の民族的習性」は日本人の最深部に根付いている価値観だからだ。
いま、マスク解禁問題によって、その価値観が最も露骨に表れている。
俺ももちろん日本人だから世間の目を意識して行動する習性がある。
しかし、問題はその度合いであり、民族的習性がネガティブな面で発揮してはいけない。
いま、世間が怖くてマスクを外せない愚かな人々は民族的習性をネガティブに発揮してしまっている。
日本人がこれだけ世間の目が怖いのは、裏を返せばみんなと一体感を感じたい民族だからだろう。
しかし、それはネガティブな場面でまで発揮することではない。いま、マスクを外せない人々はずるい。
世間という隠れ蓑にすがって、何の責任も覚悟も持たない立場から、周囲を伺っている幼稚な人々だ。
俺は、そんな人とは表面的な関わり以上の人間関係は築けない。
だからこそ、その区別のために一生マスクを着けていてほしいのだ。
もちろん明確な理由からマスクを着けている人もいるのは分かっている。
しかし周囲を見渡すと、同乗者がいるのに車の中でマスクを外していたり、仲間内で飲食する際になると途端にマスクを外す人々が大勢いる。
結局、世間の目が怖い人が大半なのだ。
マスク外すの恥ずかしいとか、マスクが習慣になったとかくだらない御託を並べて嘘をついているだけだ。
世界では分断が進んでいるが、俺はむしろ日本でもマスク解禁を機に、分断が進んでほしい。
俺のより良い人間関係の目印のためにも、世間の目が怖くてマスクを外せない「いい歳をした大人」たちは一生マスクを着けていてくれ。
これからはまともな人間が異常者扱いされ、異常者がまともにみなされるという俺の予感は的中した。
世間の目が怖くてマスクを外せない人は、これからもその民族的習性をネガティブな場面で発揮し没落していってください。
俺は、世間より自分の感性を選ぶ人々と交流していきたい。
世間の目は大切だ。しかし、和を貴ぶ行き過ぎた強い気持ちが、ささいな対立までもねじ伏せ、その蓄積が最も悪いことを生み出す。
日本人の心に深く根付いたその民族的習性への固執によって、日本人はこれから分断し、大半は没落していくだろう。
それにしても、マスクをしてないかわいい女の子と目が合った喜び😆
この日本で、なんて勇気ある女性なんだろう!
これからも自分の感性を大切に生きていってほしい。