最近残業が多くて辛い😢
オミクロンの後遺症も辛い😢
明日から6連勤。耐えられるか不安。
俺には定時までしか働く体力がない。頑張って月20時間が限界だ。今は貯金という目標のために頑張っているけど、この先限界がきたら、一日一時間の残業で帰らせてもらえないか派遣会社に提案しようと思う。
こんなに頑張っても幸せをあまり感じないのは、努力する方向を間違っているからだろう。この先には何もない。たくさん残業した先にあるのは、俺の人生の破滅。俺はたくさん働いてお金を稼ぎたいのではなく、得意な仕事で最低限稼いで生きていければそれでいい。
頑張ることをやめる。強制的に休む。
そして、できればパートナーが欲しい。
一人きりで生きるのはとてもキツくなってきた。最近とみにそれを感じる。
俺は孤独に向いてなかった。
孤独街道を歩んできたけど、俺には誰かと暮らす人生が必要だ。孤独なせいか、体の病気にかかりやすくなったり、体重が減ったり、他人の行動を敵対的に解釈したり、総合的に生きるのが苦しくなってきた。
昔、俺は祖父をものすごく慕っていた。けれど祖父が死んでから、人生全体が憂うつになり、友達も減っていった。仕事も続かないし、とにかく辛かった。
祖父が死んで20年が経ち、その間、祖父が生きていた頃と同じように生きやすくなった時期があった。その原因は確定できないが、振り返ると支えになる人が一人いた。その人といると、自分の心が勝手に開いてリラックスできる。まさに自分が本来の自分らしさを取り戻していく感じ。創造的になって、他人への警戒心が減った。食べた食物がきちんと体に吸収されて、体重も増えた。筋トレしたらきちんと筋肉も付いた。人間関係も広がった。
けれど、その人がいなくなるとすべてがしぼんでいった。今の俺はそのしぼんだ状態。
孤独になると、身体の細胞が炎症を起こしている気がする。
解剖医であり、バカの壁で有名な養老猛司さんは、「人間の脳は人との関係を作ることを前提に作られている」と言っていた。
脳は他人との関係性がデフォルト。
俺が辛いのは自分との関係ばかり追求してきたからだ。脳のデフォルトは他人なのに、俺は自分と向き合い過ぎた。自分を見つめ過ぎた。
祖父が死んでから、なぜ俺の生き辛さが始まったのかは分からない。だが確実に言えるのはその時からすべてがおかしくなった。
俺の心には、他人しか埋められない大きな欠けがあるんだろう。
それは、どれだけの金や地位を得ても何も解決しない。
だから俺には、たった一人の他人が必要なんだ。
この先残業が落ち着いたら、また婚活を再開しようと思う。
でも、出会いは運もあるから、この先生きる気力がますます低下して、すべてがだめになったら生活保護を受けよう。
そして、福祉担当者とのつながりを最後の生きる糧として、ほそぼそと生きていこう。
それまで、自分にできることをマイペースでやってみよう。
俺の孤独街道には何もなかった。突き抜けても何もない。他人の支えという土台をなくした人間が自分を見つめ続けると、脳が自分を淘汰し始めると思う。身体に炎症を起こして身体活動全般を低下させて、死へ向かわせる。
もしくは、脳が自分を不利にさせることで、誰かに助けを求める必要性を加速させているとも解釈できる。自分は親密な他人がいて初めて自分でいられることを気づかせるために、脳は頑張っているのだ😃
脳の最後の自己防衛。
僕は君がいつも一人でいると苦しいんだ。このままじゃもう僕はまともに機能しなくなると脳が言っている気がする。
執着や負けを認めた先にあるもの。追うのをやめた先にあるものが、本来の自分なのかもしれない。
一人の時間も大事、でも二人の時間がなければ生きていけないことを知った。